9月4日 - 5日

パリまで

岡崎さんと、朝8時に待ち合わせて La Ronda ホテル前からタクシーに乗る約束をしたので、それに合わせて起き出す。 実際は妙に早起きしてしまったから、テレビのニュースを見て時間が来るのを待っていた。 世界バスケのスペインの優勝、どこかの川の汚染、カナリア諸島に大量の難民、アガシが負けて引退、といったニュースは解ったが、政治家が演説しているのは何を話しているのか解らなかった。

7時半ごろチェックアウトして、近くの開いているカフェを見つけてクロワッサンとエスプレッソの朝食。 8時5分前ぐらいに待ち合わせ場所に着くと、岡崎さんもちょうど出てくるところだった。 タクシーも程なく到着。 スーツケースをトランクに入れて出発。 来る時と反対に高速を東へ。 順調に飛ばしていたのだが、ビルバオの手前で運転手が急にラジオを点けて、何かと思って前を見たら渋滞していた。 ラジオはスペイン語なので、何を喋っているのか解らない。 マルティカのトイ・ボーイとか懐かしい曲も掛かりつつ、スペイン語の歌もあり、音楽番組ではあると思うが結構いい加減に喋りが被ってしまう。 渋滞はビルバオ市街に続いていたので、別れて空港へ向かう道はすいすい進んだ。 それでも到着は9時を回っていたので、渋滞に30分ぐらいはまっていたようだ。

ビルバオ空港のチェックインカウンターは航空会社別ではなかったのに少し戸惑ったが、混雑しているでもなく、出発ロビーに行けた。 岡崎さんとはここで右と左にお別れ。 時間的に搭乗開始まで30分ぐらいあったので、本屋で適当なものを物色してから搭乗口そばまで移動して、手続きが始まるのを待つ。 中山さんが同じ便だったので、少し話をしたり。

飛行機はやはり来る時と同じ Air France / Brit Air の Fokker 100。 定刻通りに離陸した。

シャルル・ド・ゴール空港

パリCDG到着も定刻だが、トランジットの時間に余裕がない。 まあ、そういうチケットを売るわけだから乗り継ぎ不可能なわけがない、と思いきや、見事に出国審査に時間を費やしタイムオーバー。 ヘルプデスクには同様に成田行に乗り継げなかった人が列をなした。 こんなに乗れなかったなら、出発を遅らせてくれれば皆幸せだったのに。

ということで、13:15 だった出発時刻は 23:35 に。 サンドウィッチをただで食べられる券を2枚くれたので、のんびりプログラミングでもして…と考えたが、こんなことが起こると予定していなかったから、電源ケーブルは手荷物に入れていないのであった。 プラグの変換アダプターは売っていても、ACアダプターまでは手に入らないので、まあ3時間(わりと新しい電池なのでそれぐらいは持つ)だけ作業することにしよう。
#なんで空港内には服とか酒とか役に立たないものしか売っていないのだろう。電器屋があれば嬉しいのに。

講演で、半群をいじるソフトの説明を聞いたこともあり、少し考えてみる。 生成元と関係式で定義された半群で各元は一意に定まる標準形を持つだろうか? まあ、要するに、元の等しさをどう確かめるか、という話になるわけだが。 …で、結局眠くなって考えるのを止めてしまった。

帰国

飛行機に乗り込むと屋並さんが、斜め後ろの席にいた。 屋並さんは、この便に最初からの予定通り乗ったのだという。 シャルル・ド・ゴールのトランジットに時間が掛かるのを見越して、少し余裕のある便を手配したらしい。 私も次回(もし次回があれば)そうしたい。

眠かったので、離陸して5分もしない内に眠ってしまった。 機内食も無視。 喉が乾いて飲み物をもらった時と、トイレに立った時以外は、ひたすら睡眠。 朝9時頃(ヨーロッパ時間=日本時間16時)軽食が出て、それは食べた。 10時40分過ぎに着陸して、さあ降りよう、と思ったら駐機場にアメリカン航空のまだ出発していない機体が残っている、とかいって5分以上停止していた。

荷物も無事に到着していて、あとは何事もなくあっさり帰宅の途に。 行きと同じく、19時ぐらいの特急で京成から都営浅草線は直通、日本橋で銀座線に乗り換え、赤坂見附で丸ノ内線に。 これで1週間の旅が終了。

最終更新 2006-09-07 01:38:24

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